【マンガ感想】物書きの日常は角度を変えながら続いていく。『ものするひと 2巻』

こんにちは、峰晃です。

 

首を長~くして待ってた『ものするひと』の2巻が発売していたので感想です!

 

今回は1巻で言及されていた、杉浦が菱田賞の候補になり、実際に受賞できるか、というところが中心になります。

 

とはいえ、極端に不安がるわけでも、浮足立つわけでもなく。

 

ただほんのりとさざ波を立て始める、杉浦の日常は続いていきます。

 f:id:yukino-hironaga:20181023235530j:plain

 

 

スギウラとヨサノ

 

1巻最後にて、当たり前のように杉浦の家に泊まっていったヨサノ。

 

しかし特になにが起こるわけでもなく、杉浦はなんでもないように小説を書き続け、ヨサノは普通に帰っていきます。

 

ヨサノの貞操観念が薄いとか、女性が部屋に泊まってるのに何も思わない杉浦がおかしいとか、

 

このシーン、読者の価値観で見方が非常に変わるところですね。

 

そもそもほぼ無許可で泊まっていったヨサノは失礼だということは前提を置きつつ、

 

自分は、非常に理想的な、「恋愛関係にない男女の距離感」だと感じました。

 

ちょっと終電逃した友達を泊めるのと同じ感覚。

 

なぜこの距離感が、男女になると途端に別感情に変換されてしまうのか。

 

それは自分たちが、子供の頃からさまざまなメディアにおいて、男女とはそういう関係になるものだという刷り込みがされてきたからです。

 

それはその時の常識として、いわゆる一般観念的なものでしたから、そういう考えがすべて悪いとは思いません。

 

ですが時代が変われば、常識も変わる

 

自分たちはこうした「違和感を覚えた表現」に対して、真摯に向き合い、自分の中の常識というものをいつでも見つめ続ける必要があります。

 

それをほんの少しのちょっとした表現で、杉浦とヨサノが気づかせてくれるのです。

 

ちょっと難しいしりとり「ワードバスケット」

 

これ出てきてちょっと感動してしまいました。

 

実在するアナログゲームになります。実物がこちら。

 

f:id:yukino-hironaga:20181023235658j:plain

 

これね、大人数でやると盛り上がるんですよ。

 

学生時代、ゼミ合宿(近現代日本文学のゼミでした)でやってみない?と提案して買ったのですが、

 

それ以来やってないという悲しい現実。

 

ワードバスケットのルール

  1. 箱の中の字で始まり、手持ちのカードの字で終わる言葉を言いながら、カードを箱の中に入れる。
  2. 早いもの勝ちで、手札がすべてなくなった人が勝ち。
  3. カードを出したとき、箱の中に入らなかったら無効になる。(ちゃんと言葉を言いながら箱の中に入れられたらOK)
  4. 数字が書かれたワイルドカードは何の字で終わっても大丈夫だが、書かれた字数の言葉を言わなければならない。

 

意外と頭と尻の文字が決まってるって言うのが難しくてですね。

 

何度もやってると語彙力も上がりますし、言葉の思いつきも早くなります。

 

何よりこれを人と顔をつきあわせてやるっていうのが大きいです。

 

自分ではまったく考えてなかったような言葉が飛び出してくるんですね。

 

実際のカードがなくても、五十音の書いたカードを用意すればプレイはできるので、

 

乗ってくれそうな仲間とやってみてはいかがでしょうか。

 

ふつうのひと、すごいひと

 

後半、ヨサノと話すマルヒラは、作家を「すごいひと」と称して、ある意味で自分と違う世界の人間だという認識をしていることを告白します。

 

何人もの作家と賞の発表待ちをして、朝まで飲んで。そうしている自分も特別になった気がして、でもそれってミーハーっぽくて嫌で。

 

平常心で友人として接するために自分も小説を書いてみて、しかし日常の何気ないことを事細かに、繊細に書ける杉浦はやっぱり「すごいひと」なのだと再認識して。

 

ヨサノが杉浦の小説を読んでいないこと、に話が移ってそのまま流れていってしまいましたが、マルヒラのこの感覚ってすごく重要なんですね。

 

特にこの部分。

 

 平常心で友人として接するために自分も小説を書いてみて、

 

この、自分がすごいと思っている人と同じことをしてみる、って部分です。

 

これが「環境が人を変える」の良い例です。

 

自分がどのくらいなのか。その人はどれくらいすごいのか。それを知るだけで、人はひとつグレードアップします。

 

さらにそこから、「自分はどうすればそこまでいけるのか」まで考え始めたら、ふたつグレードアップです。

 

日々を何気なく生きている人は、そこまで考えていません。それこそヨサノのように。

 

マルヒラは根が真面目で、だからこそ上に行ける可能性を秘めている。

 

それは別に小説じゃなくてもいいんです。自分はいま、「何者でもないひと」という自覚をして、そこから何をするか。できるようになるか。

 

そんな努力を、小説に対しただ当たり前にこなしているのが杉浦であり、杉浦が「すごいひと」とマルヒラに言われる所以ですね。

 

まとめ

 

菱田賞を受賞することはできなかった杉浦。

 

表向きはあまり変わったところはないですが、小説を書かなくなってしまいました。

 

(この気持ち、すごくわかりますけどね)

 

3巻では物語(というか杉浦)に大きな変化が起きそうで、次巻も楽しみです。

 

それではまた。

 

コメント